デザイナーとは、人をだます商売です!?

某新聞社社屋PH※本文とは関係ありません。

お久しぶりのコラムです。

最近、ありがたいことに当サイトよりのお問合せも増え、レギュラーの仕事も今年1番のピーク期にさしかかっているようで、忙しさにかまけてしまっている管理人です。

ちょっと気になる記事がありましたのでシェアも兼ねて思うところなど。

こちらが元記事

「あなたは騙され続けるのか? 生きづらい世の中を泳ぎ切る処方せん」

故・立川談志師匠の言葉より

学校は誰のためにあるか知ってるかい? もちろん、教師のためにある。それじゃ病院はどうだい? 医者と看護婦のためにある。奴らを食わせなきゃ、病院なんて立ちいかないないからな。それなら国会は? もちろん、議員様のために決まってるじゃないか。

学校は生徒の教育のために、病院は患者の治療のために、国会は国民の生活向上ために存在する。当たり前の常識よりも物事の本質にずばり切り込まれた言葉だと思います…が

昨今のニュースにこの言葉を当てはめてみると、なんか背筋が寒くなってきます。

元記事にもありますが、学校は子供を向いておらず、病院は患者を向いておらず、政治家は国民を向いておらず…我が身の保身や利益のために。

私も、伝えるべき顧客を向かず、我が身の好みや考えのみを優先しているクライアントや、オーダーにまったく答えようとしないデザイナーをたくさん見てきました。また自分自身を振り返っても面倒くさいことから逃れるためにデザインとして妥協したことも多々あります(冷汗)…こういったことが本質として談志師匠の言葉へとつながっていくのでしょう。

談志師匠の言葉を完全に否定することはまずできないでしょう。全ての人が無償で他人のために…というのは非現実的で不可能であり、生活を守るために「労働=対価」という社会的システムが構築されていますから、自分の暮らしのために仕事をする、それは当然のことです。しかしながらその仕事の意味合いが、あくまで奉仕するべき対象を優先するのか、自分や組織の保身や利益を優先するのか…今、自分がどちらを向いて仕事をしているのか、折りにふれて考えておく必要がありそうです。物事の本質を理解しておきたいと思う、我が身への訓戒の意味をこめて…。(このコラムのタイトルも、現在のジャーナリズムに乗っ取りつけてみました(笑))